カテゴリー別アーカイブ: ChuSinGura46+1

聖地巡礼記:ChiSinGura46+1@富士山

富士山周辺を自転車で走った来たので、前々からちょっと気になっていたChiSinGura46+1の背景画について書いてみる

書いてみるのだが、まさか忠臣蔵に関しての記事をわざわざ中国から金盾を乗り越えてアップロードしてすることになるとは、なんとも妙な感覚だな

人生何があるかわからないもんだ

富士見市(南)

考えたことなかったけど、富士山って見る場所によって微妙に形が変わるのな

というわけで、富士見市側からの風景

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こちら側から見ると、富士山の形は右側がコブのようにボコッとしているのが見えて、背景画と一致している

なので、この背景画は南側のどこかからかの景色を元にしているのだろうな

自分が走ったところではすすきが見られなかったのでて適当なところで撮った写真だけども、富士山周辺にはあちこち、すすきの群生地があると聞くので、背景画のようにすすきが生い茂っているところが南側のどこかにもあるのかしもれない

富士河口湖町(北側)

おまけで北側からの風景

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早朝の富士山、雪煙が見えて非常に美しい

そして寒い

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富士河口湖町から富士見市に抜ける道中にて

すすきが生い茂っているところがあったので思わずシャッターを来った

山の形こそ違えども、むしろ全体的にはこちらの写真の方が背景画に似てるように思える

静岡県の国会議員が強そう

面白い選挙ポスターを見つけたのでついでに貼り付けておく

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後ろにスタンドが写り込んでいてる

この望月よしおとか言うと人、衆議院議員・環境大臣までやってこのノリの良さは好感が持てる

聖地巡礼記事っぽい:ChuSinGura46+1(忠臣蔵46+1)@松の大廊下跡・皇居東御苑を散歩する

今更のことではありますが、現皇居は、江戸城跡地に立てられたものです

さて、その皇居の一角、庭園として一般に開放されている東御苑には、江戸城だったころの史跡が多く残されているのですが

その中には、松の大廊下跡の碑があります

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といっても、ちょっとした立て看板があるくらいのところなのですが…

かつては豪華絢爛だったのかもしれませんが、今ではただの緑道です

ただ、何人か足を止めて見ている方らはいました

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当然、忠臣蔵でとても有名な場所…、といかそれ以外で歴史で名前が出て来ることってあるんでしょうか…、忠臣蔵のことについて書かれています

巡礼であちこちをまわってみて思ったのですが…

忠臣蔵は私くらいの年代の人間にはあまり馴染みはないかと思うのですが…

少し、昔の人らには、とても愛されている物語なのでしょうね、きっと

百人番所

かつて、江戸城を守護していた人らの詰め所だそうです

常時100人いた事が名前の由来なのだとか

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この辺りの、歴史・趣のある皇居と近代的なビルがある丸の内の混じった風景は、私は結構好きです

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天守台

昔はここから、城下街を一望できたのでしょうか…

天守閣はありませんが、台の上までは登れます

近くにある、国会議事堂からは、昔、富士山が望めたと聞いたことがあるので

この辺りも、江戸の頃は富士山が見れたのでしょうけど、今じゃあビルに阻まれてしまい望めませんね…

外国人観光客がめがっさ多かったです

池袋あたりだとアジア人しかいませんけど(あれは在住が多いからだろうが)、皇居付近は白人も結構見かけますね~

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二の丸庭園

平日でしたが花を見に来られてる人でけっこう賑わってました

カモさん泳いでます

花が見頃な感じでした

東御苑は日本の四季の風景を楽しめるような、作りになってると聞いたことがある気がします

今回、時間があまりなくちゃんと廻れなかったので、また今度、行きたいなぁ…

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聖地巡礼記事:ChuSinGura46+1 忠臣蔵46+1武士の鼓動@赤穂(赤穂城城門・大石神社・大石邸跡・郵便ポスト・伊和都比売神社)

気付いたら、前回打ち止めていた赤穂巡礼の記事から一ヶ月以上が経っていました…

まぁ、仕事が忙しくあまりブログ更新する気力がなかったというか、一度ペースが崩すと、めんどくなってやらなくなったりします、私

時間が経つのって早いですなぁ…

いちおー、最低でも週一更新くらい、出来たら隔日くらいを目指して頑張ってみたいなーとかあるけど、ものぐさ野郎ですからねー

今までも、更新するときは一気にまとめてやってたもんなぁ

人のため…というより、自分の記憶整理や記録のためにも継続したいんですけどね

ただ、一ヶ月ほども、更新をさぼってた割にはブログのアクセス数が減少しておらず、魅力的な内容の記事を提供出来てるのかなぁ…とか思えて嬉しいです

さて、ChuSinGura46+1の舞台探訪については、念願の赤穂にも行けましたし、とりあえず今回で終了にしようかと思います

ただ、もうちょい、補足的な記事をいくつか投稿するかもしれませんが…

赤穂城城門

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赤穂城本丸跡の東にある厩口門なります

赤穂城引き渡しのシーンに出てきた背景だったかと思いますが、あまり印象深い背景シーンではないですね

大石神社

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実物はもうちょいごちゃごちゃしてますね

花岳寺とは違い、人でとても賑わっていました

赤穂城本丸跡や大石内蔵助邸跡もこのあたりですから、赤穂観光の中心ですね

近くには、大きい駐車場もあるものですから、観光バスにて来た団体客も多かったです

どうしても、城址跡の方に眼が行ってしまいますし

大石神社だなんてネーミングもストレートで、実に分かりやすいですからねー

本当に縁のある、浅野家の菩提寺は花岳寺…って前も書いた気がしますけど

観光マップには当然、名前は書かれてはいるんですが、私も知らなければ、花岳寺については素通りしてたのかもしれません

帰りがけに立ち寄った、観光協会の人の話によると、花岳寺の通りが昔が街の中心部だったらしいんですけどね~(祭りのときらしい写真も飾ってました)

今は、赤穂駅から赤穂城への道がメインストリートっぽくなってます

そも、大石内蔵助及び赤穂義士を祀る、大石神社というものが創設できるようになったのが明治に入ってかららしいですよね~

元禄赤穂事件以降、赤穂浪士を称揚する人々によって旧赤穂城内の大石邸内に小さな祠が設けられ密かに祀られていた。1900年(明治33年)、あらためて「大石神社」として神社を創建することが政府から許可され、1910年(明治43年)4月に起工、1912年(大正元年)に社殿が竣工した。

大石神社 – Wikipedia

江戸幕府と明治政府の赤穂義士への扱いの違いは、武士の鼓動での描写や一魅の話からも分かるところですけど

まぁ、江戸幕府にとっては犯罪者なわけで…

そんな人間を、寺社で祀るなんてのは許されないのは、納得できる理屈で…

まぁそうなると、比較的、最近の神社だとういうのも、なるほどなぁという話ではあるんですけど

どうしても、神社というだけで、歴史があるとか思い込んでしまいますよね

とか、書いてますが、神社内の資料館もなかなか見応えがあって楽しかったですよ!

大石内蔵助の刀や主税の小刀とか置いてあって

茶屋の店員さんも可愛かったし

大石良雄宅跡長屋門

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門なんですが、今はもう、封鎖されてしまっていて開くことはなさそうです

門の奥は神社の敷地になっており、迂回して神社内から庭に入ることになります

ここも、団体さんが多くて、人のいない写真を取るのにタイミングを狙わないけませんでした。

庭園

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入園するには、神社の義士資料館の拝観券が必要で450円かかります

園内には、忠臣蔵と小泉総理といった名の立て札や

人間大の人形があって、忠臣蔵のシーンが再現されていました

郵便ポスト

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赤穂城正面の大手門の付近にあります

意外とひっそり道脇にあるんだなこれが

伊和都比売神社

主税ルートにて印象深い、赤穂にある神社ですが名前が出てきません

ただ、大きな特徴として、神社の裏に海があるというのがあります

その条件でふるいにかけたとき、赤穂内に候補になりそうな神社が一件ありましたので、今回行ってきました

実際、行った感想としては、背景画と全く一致するということはなかったが、共通する部分もいくつかあるといったところです

せっかくなので、候補としてここに書き残しておきます

鳥居

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鳥居の形は一致しています

この鳥居を反対側から見ると…

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赤穂の海が鳥居向こうに見えます

作中の神社だと海は裏にある設定ですが、ここだと正面ですね

本堂

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むりくり探せば一致してない部分が無いわけでもないですが

それほど特徴のない建物なので、まずここだなと強く言えるところもないかなと…

本殿(2015/10/10 追記

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本堂の裏にある、本殿の方が似てるいるのではないか?という指摘をコメントよりいただいので

手持ちに写真がちょうどあったので、せっかくなので、掲載しておきます

コメント欄でも書きましたが…

本堂の項目で掲載した背景画とも似ていますが

むしろ鳥居の背景画で、後ろに小さく見える社の方と一致度が高いように見えます

とはいえ、やはり部分的に違うところもあります

周囲の風景が大きく違うことも考慮すると、神社のモデルがここだと断言するのはやはり難しいですね…

ここだけ、他と場所が離れてますし、せめて周囲に一箇所だけでも、ほぼ間違いないといえるような場所があればいいんですけどね~

この辺りは、どれも、どことなく似ているような印象を受けるくらいなので、なかなかもどかしいです

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神社の側を歩くと大石名残の松という碑があります

まぁ、同じ石といっても、こちらは平べったいし、形も違いますけど

海と神社が近いという場所の条件と、また大石縁の物というのが一致を匂わせます

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聖地巡礼記事:ChuSinGura46+1忠臣蔵46+1武士の鼓動@赤穂(赤穂駅・息継ぎ井戸・花岳寺)

なんかもう、巡礼したの一ヶ月前なのに、まだ記事を書き続けてますねぇ…

今回は、帰宅後にささっと書こうとか思ってたのですが三日坊主でしたとさ

というわけで、2015年春の青春18切符の旅は大阪から、赤穂へ移ります

播州赤穂駅構内

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赤穂の入り口、播州赤穂駅の構内

…ところで、なんで、わざわざ播州って付くんだ?別に赤穂駅でもいいだろ?

さぁ、困ったときはウィキペディア先生に土下座だ!

駅名は開業当時、長野県飯田線に赤穂駅(あかほえき、現在の駒ヶ根駅)が存在したので頭に「播磨国」(兵庫県西部の令制国名)の別称である「播州」を冠したものであるが、国鉄JRの旧国名を冠した駅の中で正式な国名ではなく「○州」という呼び方を採用しているのは当駅のみである。

うん、一つためになったね

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なお、目立つ、絵の全容はこんな感じ

吉良邸討ち入り後の絵だね~

播州赤穂駅・階段

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観光協会が駅内にあったけど、朝早くて空いてなかった…

播州赤穂駅・外観

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背景画にもあるように、タクシーがなんでか多いです…人はそんなに居ないはずなのに!

息継ぎ井戸

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からくり時計は息継ぎ井戸の側にあります

刃傷事件のあと、赤穂城の知らせに行く際、城下で早見さんと、菅野さんが水を飲んだ井戸、あれねあれ

もう、300年以上も前なのに、こうして残ってるんだなぁ…

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開くとこんな感じ

側に、外国人観光客が居ていっしょにみてたのですが、なんか笑ってましたわ

からくりは刃傷事件のシーンですね

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雄叫びをあげる、主税と右衛門七のシーン

右衛門七出られたんだね、よかったね

まぁ、せっかくなので、現地で見てくださいな

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おまけの息継ぎ井戸の写真

花岳寺・正門

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赤穂城の門を使った~と、作中でも説明がありますけど

ゲームやってなきゃ気づかないなぁ…

結構、ゲームやってなきゃ気づかなかっただろうことが、探訪してると出てきます

花岳寺・義士墓所

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赤穂浪士の墓、花岳寺VER

花岳寺は、赤穂藩と縁の深いお寺…ということで、奥の方は資料館になっています

拝観料400円が必要で、赤穂浪士の墓もそのなかですね~

山科と違って分かりやすく案内板や観光マップにも書かれてますけど、みんな大石神社の方にばかりいって、こっちにはあまり人が来ないらしいです

たしかに、大石神社の賑わいようと比べれが寂しいところでした

大石神社というのは、幕府が潰れた明治以降につくられたものですし、本当に縁があるのはこっちなんですけどねぇ…

まぁ、向こうは赤穂城や、大石邸にも近く、駐車スペースもあるからなぁ…立地って大事だよね

資料館には、まさかの吉良上野介にとどめを刺した本物の小刀など展示されていて、なかなか興味深かったです

おまけ:赤穂のナンバープレート

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赤穂浪士を意識したデザインになっているみたいですね、面白い!

とりあえず、ここまで、分割して書きます

時間がなさげなので、残りはまた今度

聖地巡礼記事:ChuSinGura46+1忠臣蔵46+1武士の鼓動 大阪(福島)

ぶらり、2015年春の青春18切符の旅

続いては京都から大阪の福島駅へ…

うん、西日本、忠臣蔵縁の地めぐりの旅ですね

字面にするとなんか、立派な人っぽいですが動機はエロゲーですよ!

JR福島駅(大阪環状線)

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大阪なのに、福島ってなんぞや!とか思ってしまいます

JRなので、青春18切符で用が足りました、経済的に助かる

大阪駅の一つ隣なので、だいぶ栄えてますね~、人が多い

浄祐寺

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福島駅から東へ

ちゃんと門前には、「赤穂浪士」の文字が書かれていますが

周りが栄えてるのに対して、だいぶ寂しいところです

まわりがビルのなか、この立地でぽつねんと開けたスペースがあるのがすごいなぁと思います

私も金勘定をついついしてしまいたくなります…

写真では門が開いてますけど、それもおいらが開けたもので、行った時は締め切りになってました

午後の4時ころに行ったのですが、てっきりもう、今日は閉門しちゃったのかと思っちゃいました

左側にある勝手口の取っ手を試しに回した所、鍵もなく開いてくれたました

だからまぁ、入るのには問題ないのでしょう、たぶん

寺も無人、中も寺というより墓地という言葉の方がしっくりくるところです

まぁ、立て札は一応あるけど、観光で来るような場所ではなさそうなので…

お寺を利用している、分かる人だけ分かればよい場所なのでしょうね、きっと

舞台探訪される方がいたらお気をつけて

右衛門七・長助の墓

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背景の微妙な、レンガの割れ具合まで表現されてるかと思います

長助さんの方はだいぶ汚れて、黒ずんでいますね

長介さんのお墓には、作中解説通りの年代感じさせるものがあります

表面も鏡面仕上げになておらず、ざらざらしているし、ヒビ割れてボロボロです

比較して右衛門七の墓の方はだいぶ綺麗ですね

側面には昭和という文字が読み取れたのですけど、これって実は結構最近の墓だったりしないんでしょか?どうだろ?

花時計

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最初は、駅の付近かと思って探したのですが、実は、お寺の門を出てすぐのところでした

通信ビルうんぬんの解説から辿りつけました

後に、赤穂で、日本全国の赤穂浪士と関わりがある土地の資料があって見させていただいたのですけど、ほんとに、よく調べられているというか、あちこちにあるんですねぇ…

例えば、我が故郷の青森、弘前藩にも大石家の人間が居たんだとか

討ち入りにも色々手助けをしたし、その縁から、赤穂浪士の物も色々と譲り受けたそうです

それらは、今、赤穂で見ることが出来ます

聖地巡礼記事:ChuSinGura46+1忠臣蔵46+1武士の鼓動@山科 京都からトンネルを抜けるとそこは山科であった

2015年青春18切符春の旅

京都巡礼を終えて、次は引き戻り、御城代と縁が深く、ルートの最後にも訪れることになる、山科を散策します

山科駅

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ここ、山科駅は京都駅の一つ隣になります

しかし、道中、山をはさみ、トンネルを抜けなければなりません

地図上ではそんなに離れていなくとも、地理的に遠い場所だったのでしょうかね

作中でも、京都から近くない場所のような印象がありましたが、市内とはだいぶ、雰囲気が違うところでした。

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ここ、山科駅は京阪線東西線も通っています

駅から出ると、京阪線の鉄道むすめ「石山ともか」が迎えてくれました。

岩屋寺

御城代の縁の品や、義士の位牌が収められてるのが、ここ岩屋寺になります

禁門の変時にも、義士はここを拠点にして動いていましたね

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本当に、ひっそりと、義士の品を展示してるところで、ここだというのが非常にわかりにくいので注意が必要です

上の写真にも写っている、左にある寺務所にて受付をしているのですが…

なんかもう、ホントにただの寺務所で、そんなものを展示してるんだとかいう張り紙がございません

もしかしたら、隣の大石神社の方だったかぁ?と、当たりをつけていた私ですら、一度通りすぎてしまいました

当然、大石神社でも見つからなかったため、社務所の人に尋ねたところ、「もしかしたら、隣の岩屋寺にそういうものがあるかもしれない」という、曖昧な返事があり

もう一度、岩屋寺に引き返して、寺務所で話をするまで、分かりませんでした

私が、義士の縁の品を見たくて、ここまで来たのだと話した所、お寺の人は非常に喜んでくれました

曰く「辺鄙な場所にあるので、誰も来てくれないんだ。観光する人も、みんな、清水寺とか向こうの方に行ってしまうし」とのことでしたが…

たしかに、そうですが、もうちょっと分かりやすくした方がいいと思います…

なお、私が寺内を見学中、参拝に来た人らに、「よかったら見学していかないか?」と声をかけていました…

まさかの、呼び込み式とは…

位牌

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寺内には、写真禁止の張り紙があったのですが、お寺の人にお願いした所、撮影の許可をいただけました

お寺の人に感謝です

ゲーム中でも、背景画があるところから考えると、そこのところは結構、ゆるいのかもしれませんね

御城代が使用した机

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展示物について、寺社の人が付き添い、説明をしてくれます

なんでも、この寺の売りらしいです

ゲーム中の説明も、これを参考しているようで…

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大石内蔵助の金庫についてなど、同じ説明がありました

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主税使用の机

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これが、廃材を利用してたてられたという、茶屋でしょうか

上にも書いたとおり、行くととても喜んでくれますよ

最近の、若い人が忠臣蔵を知っているのが珍しいなと言われました

今の若い人にも、忠臣蔵のことを知ってもらい、そこから学んでもらいたいと熱く語ってましたが、まぁ人がこないと…

一応、市内のようですが、山科はあまり観光地化されてないというか、知らないとふっつーの街のお寺でしたからねぇ…

…まぁ、私もこのゲームやるまでは、おおまかなことしか知らなかったからなぁ…

同じようなことは赤穂の観光協会の人も言ってました

艦これとか、まぁキッカケはどんな形にしろ、昔のことを学ぶというのは良いことかなと思いますよ

大石大夫閑居址

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か…看板が立てかけられちょる…

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裏を見ると、昭和13年と書かれています

戦争が始まる少し前の物ですね

岩屋寺までの道

作中では、岩屋寺までの道として出てきましたが

実際には、駅からみて岩屋寺を通りすぎたところにあります

なんでこんなところを…と下調べした段階では思ってたのですけど

探訪した際に、バスから降りて岩屋寺がどこか分からず、うろうろしていたら、なんかここに辿り着いてました…

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この背景画だけみると、だいぶ長閑なところのように見えます

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まぁ、実際、ビニールハウスが多いところで、長閑ではあるのですが、何もないところではないです

アクセスについて

岩屋寺は駅からだいぶ離れています

作中と同様に、駅からバスが出ているので、バスを利用したほうがいいです

バスの案内所もあるので、そこで、何時にバスがあるかなど聞いてみれば良いかと思います

聖地巡礼記事:ChuSinGura46+1忠臣蔵46+1武士の鼓動  京都(池田屋跡・丹虎跡・古高俊太郎邸跡・桂小五郎磯松寓居跡・安養寺・含翠軒・与兵衛写真館)おまけ:NO MORE 痴漢!

2015年春、青春18切符の旅、米山駅を出た跡、次は京都へ向かいました

都内のChuSinGura46+1の巡礼スポットは回りましたし、偶然の要素があったとはいえ、新発田にも先回りして行っていましたし、なによりもいい作品だったので…

分かる範囲で、ChuSinGura46+1の聖地巡礼して見ようかなと…今回の旅の目的の一つはそこにしました

なんといっても史実からの引用ですし、ヒントも作中、散りばめられてましたので、グーグル先生にお伺いを立ててみれば、何処なのかわかりやすかったです。

池田屋跡

池田屋跡は、なんとビックリ、今は居酒屋チェーン「はなの舞」が利用していて

当時を意識した、外観にしてくださっています。

いやぁ、粋ですね~。

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他も、もっとこう、見習って、歴史的跡地では洒落たことをしてくれると嬉しいですがね

いい宣伝にもなるんで、利益にも繋がる気がするんですが…どうでしょ?

それとも、池田屋クラスの事件のじゃあないと、人来ないのかなぁ…

次、京都に来た際は寄ってみたいです

 

さて、背景画とは似ていると言えば、まぁ、ところどころ似てはいますが、参考にした程度ですかねぇ…

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店の前の、立て看板については、池田屋事件について書かれていまいた。

昔の池田屋の写真も掲載されていましたが、う~ん…外観といっても一部だけで、やっぱり背景画とは違うんですよね~

当時の家屋の作りを参考にして起こした、オリジナルなのかな?

丹虎跡

上記、池田屋の少し東の路地に丹虎跡の跡地があります

まぁ、作中でも話がありましたが

桂小五郎が池田屋事件の際に集合場所を間違えて、難を逃れたところですね

実際にきて、より実感できましたが、、いやホントに池田屋の側なんですね…

さぞ、背筋が凍ったでしょうなぁ…、一つの歴史のターニングポイントだったのだと思うと感慨深い。

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ビルに挟まれて、真ん中のにある、形見の狭そうな木製のドア

そこが、丹虎跡だそうです

池田屋のビッグネームと比すれば、まぁ仕方ないでしょうけど、こっちは立て看板も何もないですねぇ…

興味があって、調べれなければわからない場所です

なんでも、丹虎跡は現在、金茶寮という飲食場に変わってるとのことなんですが…

店の看板…ないですねぇ…

いや、一見様お断りとかではなく、下調べした段階だと看板のある写真を見たはずなんですけど、潰れたんでしょうか…それとも、時間が悪かったのかなぁ…

一応、ドアの奥、路地には立て看板があるんだとか

桂小五郎磯松寓居跡

丹虎跡より更に北に、桂小五郎が滞在していた店があります

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驚くべきことに、当時、身を寄せていたという店と店名が変わっていません…さすが京都

まぁ、作中だと忠臣蔵組と宿を一緒にしてたので、ここに居たのかはまぁ…分かりませんが

近くなのでせっかくだから寄ってみるのも良いかと

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まぁ、京都といっても、ほとんどが現代建築と歴史的建造物のごった煮なんですが

ここから、見れた風景は純和風建築物と、高層ビルの対比は。特に奇妙に思えます

さて、奥の高層ビルこと、京都ホテルオークラに行きますと、桂小五郎像があります

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当然、男ですがね!

この辺りは、旧長州藩邸跡地だったので、その縁からだそうですが、この像作るの、何処がお金出したんでしょ

京都ホテルオークラさんが出したのなら太っ腹ですね

古高俊太郎邸跡

まぁ、影が薄かったので、私用に忘れっぽい人のために書いておくと、池田屋事件の発端となる、長州藩に協力して拷問された人ですね、はい

先の、池田屋から少し南になりますが、十分歩いていけるところで近いです

この辺りの町並みは、京都に来たぞ!って感じさせてくれますねぇ…

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こちらにも立て看板がありました

新しい世を見ること叶わず、道半ばにして倒れた人ではありますが、明治になってから位階を承ったそうです

学校で習うほどメジャーではありませんが、歴史のターニングポイントに関わり名前を残した、そんな商人ですね。

安養寺

さて、また古高俊太郎邸跡から、東、八坂神社を上り、円山公園を超えた先に、安養寺があります

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忠臣蔵メンバーが打ち合わせ、所謂「円山会議」をやった所ですね

写真に見える、立て看板に寺について書かれてました

円山会議は忠臣蔵のシーンでも有名だそうが、看板では忠臣蔵については触れられてなかったです

こちらによると、資料など何も残されてないとのことなので、だからなのかなぁ…

安養寺の中でも、会議を行ったのは重阿弥という建物だそうですが、そこも今はないんですね

来迎院(含翠軒)

上記、安養寺からは八坂神社前から南に、バス一本。

泉涌通で下車だったかな

この含翠軒も、正確には泉涌寺に付属する来迎院にある茶屋の名前…でいいのかな?

この辺りは、歴史的風土特別保存地区とのことで…

バス停から降りたところでは、何も変哲のない普通の街ですが、山門を一度超えると、静謐さが漂う、別世界のようでした。

古くから天皇陛下と関わりのある寺院らしく、敷地内には宮内庁の事務所もありましたね~

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 こちらが、来迎院正門

作中では、含翠軒の名前だけが出てきたかな

堀部安兵衛ルートの、新発田の方でも寺社の名前は出してませんでしたかね

まぁ、宗教施設ですし…?具体名を出すのに遠慮したのかな

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こちら、含翠軒を拝観料が必要です。たしか300円だったかな

お金はかかりますが…こういっちゃなんですが、小さな建物でした

11時頃でしたが、私以外に人はおらず、寺社の人も奥に引っ込んでいて、呼び鈴ならさにゃなりませんでした

あれなぁ、勝手に入られても気づかれないのでは?

なんだか、長閑なところでした

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中には入れませんが、外から覗くことはできました

内装もほぼ一致していますが…

左のドアのようなところは、なんなんでしょうかね…

作中で、総理大臣うんぬんの説明があったかと思いますが、小泉総理ですね

当時、来訪された時の新聞記事の切り抜きがありました

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含翠軒の隣の建物が、何処と無く新八ルートの背景画と似てましたが…

…まぁ、これは家屋の建築系統が同じで似てるだけかな

与兵衛写真館

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主税と写真を撮った所ですね

wikipediaの日本写真史でも、前の方に名前が出てきてます

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寺町通沿いにあったとのことです、正確な場所は調べても分かりませんでした

作中では、古高俊太郎を訪ねた跡に寄っていて、近くにあるような描写でしたけど、結構、場所が離れていますね

位置的に見ても、やはり作中だと、磯松には滞在してなさげだなぁ

アクセスについて

別に電車でも良いのですが、私は今回の探訪には市バス・京都バス一日乗車券を利用しました

駅から河原町三条、八坂神社から泉涌寺と

思ったより、市内の移動にバスが便利でした

グーグル・マップのルート検索にも対応してるし

バスが一回230円なので、3回乗れば500円の元が取れますね

まぁ、ここで紹介した所に行くだけなら、3回もバスに乗る必要なかったりするんですがね!

京都、観光するなら安価だし、なかなか良さげに思えました

まぁ、時間と天候が許すなら、レンタサイクルもいいですけどね~

以前、京都に来た時は、レンタサイクルを利用しました

歩けば何かしらの立て看板があるような、歴史ある街なんでなかなか楽しいです

まぁ、とりあえず観光に迷ったら、駅内の観光案内所にゴーしましょ

さすが、世界有数の観光地だけあって、外国語窓口なんかがあって出来るオーラが漂ってますんで

おまけ:NO MORE 痴漢!

 

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京都府警によるアメコミ風痴漢防止ポスター

銭形のとっつぁんかよ!

聖地巡礼記事:ChuSinGura46+1 忠臣蔵46+1 日光東照宮

そんなわけで、人生二度目の日光へ

観光地として超メジャーなところですが、意外とここを舞台にした作品ってありませんよね

私が覚えている範囲だと、他にはギャラリーフェイクで出てきたことがあったかなぁ…?なくらいです

都内から日帰りできないこともないですが、微妙に離れていますし、箱根と同じ療養地的な場所だからなのかなぁと予想してみたり

日光東照宮

三猿

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これまた有名な三猿です

この三猿って、建物で装飾の一部で、他にも猿がいて物語になっていて教訓を示しているそうです

有名なのですが、行くまで知りませんでした…

ここのシーンの意味は「子供には悪者は聞かせず、喋らせず、見せない」だそうです

なお、秩父には正反対の三猿があります

灯籠

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鳴龍が在る本地堂から陽明門を眺めた風景

雪が降ったので、比較画像としてはイマイチに…綺麗だったけど

陽明門

 

 

 

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 陽明門…工事中でした…

2013年07月の記事一覧” | 日光東照宮 最新情報

平成25年7月8日から平成30年まで約6年間を予定した大工事っぽいです…

なお、忠臣蔵46+1が販売させたのは同年5月31日なので、ちゃんと探訪したければ販売後すぐにしなければなりませんでしたね…

平成24年4月19日の写真

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 以前、日光に行った時の写真を漁っていたら、おおよそ一致する写真がありました…

あれ?今回行く必要もなかったんじゃ…

まぁ、冬の綺麗がだったからいいか

コンデジ画質で、あまり綺麗な写真ではないですけど、陽明門の立派さはわかりますね

仕方ないとはいえ、これがしばらく見れないのは残念ですね

聖地巡礼記事っぽい:ChuSinGura46+1 忠臣蔵46+1 武士の鼓動 板橋には近藤勇の墓がある

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ゲームとはほとんど、関係ありませんが、ぽい記事はそんな方向性でいくので…

作中にて、最後は板橋にて処刑、と説明がありましたが、その近藤勇の墓も板橋駅東口を出てすぐのところにあります

墓…といっても、ここにあるのは胴体だけだそうで、頭部は京都に持って行かれ、池田屋の側でさらし首にされた後、どうなったのか記録がないのだとか…なんじゃそりゃ

地元の商店街は新選組の街!とかいってますが、これぐらいしか繋がりがないと思うのですが…

聖地巡礼記事っぽい:ChuSinGura46+1 忠臣蔵46+1 吉良邸跡を訪ねてみよう!

ぽい記事…ということで、作中にて別にCGが出てきたりしませんが、作品への理解を深めようということで、吉良邸跡を訪ねてみましょう

もう別に、忠臣蔵46+1じゃなくて、ただの忠臣蔵史跡巡りですが

ついでにいうと、3年前行った時の写真の使い回し記事ですが

さて、作中にて刃傷事件後に、吉良は江戸の外れに飛ばされることになりますが、現在だと両国になります(説明あったっけ?)

昔は、郊外だったんでしょうが、今じゃあ国技、相撲の場所として栄えていますね

まぁ、江戸の別名称として100万都市だなんて聞きますけど、今じゃあ世田谷区だけで90万人居るらしいですからね…

東も西もいけどもいけども、コンクリートパラダイス東京

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まぁ、見かけは立派なのですが、当時のものがそのまんま残ってるわけでなく模しただけです

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地域の有志の方らによるものだそうで、そのあたりの経緯が書いています

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吉良家人の慰霊碑があります
清水一学の名前が書いてありますね
新八がの名前がないな~とおもって調べてたら、そういえば新八は討ち入り時に死んでないんですね…
思い返してみると、たしかにゲームでもそうだな…
何故か、討ち入り時に死んだなんて勘違いしてたな

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とても小さい一角なのですが、昔はとても広かったんぞ~という説明

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吉良の首を洗ったという井戸を模した物

他にも周囲には、江戸博物館や関東大震災の慰霊碑と資料館があって面白いですよ
あの時代に、世界の各国が義援金を送ってくれていたり、風船爆弾の実物模型があったりね